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印象に残るドレミの歌…ペギー葉山さん死去に悲しみの声広がる


・ペギー葉山さん、死去

「ドレミの歌」で知られる歌手のペギー葉山(ぺぎー・はやま)さんが12日午前11時55分、肺炎のため東京都内の病院で死去した。

・突然の訃報に悲しみが広がっている

ペギー葉山さんが亡くなった。つい先日爆笑問題のラジオ番組にゲスト出演したばかりだったからびっくりした。ご冥福をお祈りします。

ペギー葉山さんの訃報。ウルトラの母役とか、「算数チャチャチャ」とか、子供時代の楽しい思い出と結びついていた方でした。合掌。

ペギー葉山さんといえば「学生時代」です。青学のチャペルだったんですね。ご冥福をお祈りいたします。

私が高知に住んでいた、たぶん高校生くらいの頃、ペギーさんの「南国土佐をあとにして」を生でお聴きする機会がありました。ふくよかで豊かな声、歌に包み込まれるような安心感があったのをよく覚えています。
ご冥福を心からお祈りします。
#ペギー葉山

・ペギー葉山さん略歴

54年、「月光のチャペル」でNHK紅白歌合戦に初出場。

59年、NHK高知放送局テレビ放送開始の記念に歌った「南国土佐を後にして」が空前の大ヒットを記録した。

66年にはNHK紅白歌合戦で紅組司会を務めた。

夫は根上淳さん。おしどり夫婦で知られ在宅介護を続けていた。

タレントしても活躍し「ひらけ!ポンキッキ」のしつけコーナーや「ウルトラマンタロウ」のウルトラの母の人間体“緑のおばさん”などでお茶の間に親しまれた。

65年に俳優の根上淳と結婚し、68年には長男を出産。

根上とは、芸能界きってのおしどり夫婦で知られ、98年に根上が糖尿病の合併症から来る脳梗塞で倒れてから2005年に亡くなるまで歌手活動の傍ら在宅介護を続けていた。

2004年旭日小綬章。女性初となる日本歌手協会7代目会長も務めた。

・印象に残る「ドレミの歌」

60年にミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」の劇中歌「ドレミの歌」をペギー自身の訳詞で紹介し、音楽の教科書にも採用されるなど代表曲となった。

「ドはドーナツのド、レはレモンのレ、ミはみんなのミ、ファはファイトのファ、ソは青い空、ラはラッパのラ、シは幸せよ さあ歌いましょう」(訳詞:ペギー葉山)

炭酸飲料の「ファンタ」にしようと考えたそうだが、商品名を入れるとCMソングになってしまうことを危惧した葉山は、食べ物だけで作詞することを断念。

・最近もブログを更新し元気な姿を見せていた

3月29日に東京・日生劇場で行われた「越路吹雪 三十七回忌特別追悼公演 『越路吹雪に捧ぐ』」に参加。

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